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福岡高等裁判所 昭和38年(ラ)30号 決定 1963年3月15日

中小企業金融公庫

熊本市信用金庫

理由

抗告人は「原決定を取消し、更に相当の裁判を求める。」と申立て、その理由は別記のとおりである。

抗告人の主張は明確をかくけれども、本件記録と対照して、その趣旨を善解すれば、その要点は、本件競売物件には抗告会社ないし抗告会社代表者内田不二男の賃借権が存在し、また競売工場備付の機械器具は抗告会社の所有物であるので、これらの事実を参酌しないでなされた原競落許可決定は違法であるというに帰する。よつて職権をもつて調査するに、(一)熊本市塩屋町三番丁一番地の六宅地八一坪三合七勺は木杉孝の所有で同宅地上に(二)家屋番号塩屋町第二番の二木造瓦葺平家建工場一棟建坪三六坪三合(三)家屋番号同町第三番の二木造瓦葺平家建倉庫一棟建坪二九坪五合の二棟の建物が存在し、この二棟の建物及び同建物に備付けられている工場供用の機械器具類(原審競落許可決定の動産)は、木杉孝が代表者である合資会社朝市製氷冷蔵の所有であるが、同合資会社は昭和三三年一月一〇日相手方中小企業金融公庫から金二二〇万円を借用し、この債務を担保するため、即日右(二)(三)の建物及び(四)の機械器具について工場抵当法第三条による抵当権設定契約を締結し、これと同時に同会社の代表者木杉孝は個人として右(一)の土地を抵当に供し、結局(一)ないし(四)の物件につき右金融公庫に共同抵当権を設定し、昭和三三年二月一〇日その旨抵当権設定登記を経たこと、抗告会社代表者内田不二男は同人個人の名義で昭和二四年八月七日抗告会社のため前示合資会社から(二)(三)の建物を賃借期間同日から向う六年間、賃料月一万円、毎月末日限り支払う約で賃借し、同年九月三日その登記をなし、抗告会社は昭和三四年八月七日木杉孝及び前示合資会社から右(一)ないし(四)の物件を賃借期限昭和四〇年八月七日、賃料月一万円の約で賃借引渡を受けたことが認められ、これに反する証拠はない。

ところで、登記を経た不動産の賃借権者は、たとえその賃借権の登記が他人の有する抵当権の登記に劣後するとしても、競売法第二七条第三項第三号の「登記簿ニ登記シタル不動産上の権利者」であつて、同条の利害関係人であり(同旨大審院昭和一〇年(ク)第七七七号同年七月一三日決定。同昭和二年(ク)第一〇五〇号同年一二月七日決定。)また建物の賃貸借においては、その登記がなくても建物の引渡があつたときは爾後その建物につき物権を取得した者に対し賃貸借をもつて対抗し得て、引渡は登記に代わる効力を有するから、抵当権設定登記後に抵当建物の引渡を受けた賃借人もまた、同条の利害関係人と解するのが相当である。これに反する見解は採用しない。したがつて、抗告人は競売法第二七条の利害関係人として、原競落許可決定に対し抗告をなしうべきところ、抗告人ないし内田不二男の賃借権は相手方金融公庫の抵当権に対抗し得ないものであることは、前認定に徴し明らかであり、競売期日の公告には、抵当権者競落人に対抗し得べき賃借権のみを掲記すべく、これらに対抗し得ない賃借権を掲記する必要はないので、原審が抗告人ないし内田不二男の賃借権を競売期日の公告に掲記しなかつたのは相当である。また、原審は競売期日の通知を抗告人になした形跡がないが、抗告人においてそのことを指摘主張しているとは認められないので、当審としてこれについて判断すべきかぎりでない。

抗告人が冷蔵庫設備に莫大な費用を投じ、前示(一)の宅地に七〇万円の費用を投じて井戸を設けたこと、前示(四)の物件を購入したことについては、なんらの証拠がないので、所論は理由がないばかりでなく、かりに抗告人が所論の費用を投じたとしても、その故に原決定が直ちに違法となるものではないし、抗告人が(四)の物件を前示合資会社から買受け簡易の引渡しを受けたとしても、抗告人がその所有権取得を競落人たる相手方木杉公重に対抗しうるには、抗告人において同物件を善意取得するか、もしくは所有者たる前記合資会社において抵当権者の同意を得て、これを建物と分離するか、工場の備付けを止めたる事実の存することを要するところ、記録によれば抗告人は同物件が工場抵当法第三条の規定による抵当物件であることを知つているか、もしくは知りうべき者であつて知らなかつたとすれば知らざるにつき過失があると認められるので、同物件を善意取得するに由なく、また工場所有者である前示合資会社が抵当権者の同意を得て右(四)の物件を建物と分離しもしくは工場の備付けを止めたことのないことは、抗告人の主張事実から推認されるので、いずれにしても(四)の物件は(二)(三)の建物の競落にともないこれに従つて競落されたものと認むる外はない。

その他原決定に違法の点はないので、抗告を理由なしと認め、主文のとおり決定する。

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